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2008年10月25日 (土)

碓氷峠ノスタルジー ~ロクサンの想い出~

102504 国鉄時代の名所中の名所、碓氷峠越えが長野新幹線の開業によって廃止となったのが1997年9月30日、はや11年が経ちました。

その日私はまだ転勤先の兵庫県に住んでおりましたので、最期を見届けることが出来ませんでしたが、会社の保養所が軽井沢にあることもあって、家族ともどもよく出かけました。そんな思い出の地でもあります。

102501最大斜度66.7‰、列車にとって断崖絶壁に等しいこの峠を越えて日本海側を目指す信越本線ですが、信越本線の歴史は碓氷峠の旧勾配との闘いであったとも言えるでしょう。

この区間の主役はなんといってもEF63。坂を登る列車を押し上げ、坂を下る列車の暴走を防ぐ力持ちです。必ず横川側に2両単位で、ここを通る全ての列車に連結されます。

102505

横川名物「峠の釜飯」

横川駅では機関車付け替えのため列車が長く停車します。その時間を利用してホームで売り子さんが売り歩くんですな。

列車が発車するとき、販売店の「おぎのや」さんの皆さんが、一列に並んで「いってらっしゃい、ありがとうございました」と列車に向かって一礼する風景も、この駅の風物詩でした。

102506 碓氷鉄道文化むらに残る横川駅列車時刻表。エース「あさま」の運転本数の多さが目を引きます。

「白山」「そよかぜ」「妙高」「能登」など、この峠道とは切っても切れない愛称が並びます。

本務機を勤めたEF62は3軸のC-C配列の台車が特徴的でしたが、既に全廃されてしまいました。

102508峠のシェルパ、EF63らしい装備の一つが、この電磁吸着式ブレーキ。 ミッションの自動車運転免許をお持ちの方ならおわかりでしょうが、坂道などで停車した場合に使用するサイドブレーキと同じ役割です。

このブレーキシステムに電流を流すことによりレールと磁気によって密着するという装備です。

ロクサンの対勾配装備を見ているだけで、いかに碓氷峠が過酷なものであったかがわかります。

102507 軽井沢駅に着くと今度はEF63の切り離し作業でまたまた停車、これもここでは名物で、列車を降りた乗客が切り離し作業を見ようとホーム端に集まってきます。

EF63は電車・貨客車共通の補機であることから、密連式と自動開放式を兼ね備えた双頭連結器を装備しております。

写真では密連型はあさまに連結中、こちら側を向いて自動開放式の形状が見てとれます。

102509 碓氷峠の主役、EF63は今1号機が碓氷鉄道文化むらに、2号機が軽井沢駅舎記念館にそれぞれ静態保存されています。

軽井沢の車両はぴかぴかに磨きあげられて、協調運転の象徴、ジャンパ栓や双頭連結器も往時のままです。

また、碓氷鉄道文化むらでは11・12・24・25号機が、750Vに降圧されはしましたが動態保存されていて、一般のお客さんも講習を受ければ運転できることになっています。

人気の高かったロクサンですが、これだけの保存車両があるということは幸せな結末なんでしょうね。

長い人生後悔はつき物ですが、碓氷峠の最後に立ち会えなかったことと

地元の黄色い201系の写真が一枚もないことが今のところ鉄に関する後悔上位です。

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鉄道/JR・国鉄」カテゴリの記事

コメント

行っておくべきだった碓氷峠(涙)

EF63の雄姿を捉えておられますね。66.7‰とは、相当なものだったんですね。まさに鉄道の醍醐味を味わえる区間でした。

難所は今や新幹線によってスムーズに超えるようになりましたが、新幹線でも軽井沢に駅を置く以上、30‰の勾配はしかたなかったと思います。

伝説ですね。鉄道博物館もいいですが「碓氷鉄道文化むら」、早く行きたいです。

投稿: Gero | 2008年10月25日 (土) 16時38分

ここは通過していただけで、撮ってないです。
あさま、能登などで峠を越えましたが、あさまは空気バネのエアーを抜くのでゴツゴツと尻に振動を受けながら通った事を味わえたのは思いでの一つです。
Fe4の撮り鉄の時には、何か碓氷峠なみの急坂が多いですね(笑)

今日は単機のSポチなり。

投稿: シービー | 2008年10月25日 (土) 17時32分

碓氷峠ですかぁ~、もう懐かしいと言えるほど年月が流れてしまったんですね。
碓氷峠に着目した頃には運転免許をもっていたので、終盤の頃も含めて結構行きました。
枚数が多過ぎてまだスキャニングしていないのですが、ネタが尽きてきたらアップしようかなと思っております。
なつかしポチ!

投稿: キハ181つばさ | 2008年10月25日 (土) 18時21分

もう、そんなに経つのですね。
ロクサンの「茶ガマ」はどうなったのでしょう?
当たり前の風景(連結、釜飯売り)がなくなるとなると寂しかったですが、わたし的には新幹線も開業するので寂しいし嬉しいという感想でした。
でも横川の「線路ぶつ切り」を見ると、やっぱり寂しいという気持ちの方が大きかったですね。

投稿: 瑞穂 | 2008年10月25日 (土) 19時53分

こんばんは。ご無沙汰しております。

懐かしい風景ですよね。区間での撮影は廃止1年前の9月の平日1回だけで終わってしまいました。平日にもかかわらず、同業者が10数人ほどいて、横軽のすごさを今になって感じます。

今日は偶然にも地元のスーパーで駅弁大会らしきものが開催されていました。「峠の釜めし」も売られていたようですが、早々に売り切れたそうです。やっぱりすごいなぁと感じました。

追伸
こちらをお借りして恐縮ですが、弊ブログにもリンク集を設置しました。そして、貴ブログをリンクさせていただきました。もし、差し支えなければ、相互リンクをしていただければ、大変ありがたく思います。
私信になってしまい、すみませんでした。

投稿: かがやき388号 | 2008年10月25日 (土) 22時14分

懐かしい写真、ありがとうございました。
「ム-ンライトながら」で上野発の初電で高崎に向かい…EF63&62の最後の雄姿の撮影に精を出した?ことを思い出しました。

投稿: MITTO | 2008年10月25日 (土) 22時49分

釜飯の容器って、あとで使えるからいいですよね。うちはガチョウの卵のプリンを作る際に一番きれいに仕上がるのが釜飯の入れ物なので、駅弁大会で買ってこようかと思うぐらいです。

投稿: | 2008年10月26日 (日) 00時01分

>Gero様
やっぱり碓氷峠は鉄道の醍醐味でしたね。新幹線はあっという間に坂を登ってしまいますが、それでも新幹線なりにパワーを振り絞ってる感じがします。
碓氷鉄道文化むらの保存車両は垂涎ものが多いですよ。

投稿: take | 2008年10月26日 (日) 12時34分

>シービー様
たしかにこの区間は電車の場合ジョイントのがっこんがっこん言う音ががもろにお尻に伝わってきましたね。ゆっくりした速度で、妙義山の異様な山肌を見ながら登った思い出があります。
Fe4坂路調教も、なまってきた足腰を鍛えるにはいいもんですね。

投稿: take | 2008年10月26日 (日) 12時40分

>キハ181つばさ様
すいません、ネタが尽きたので早々にUpしちゃいました。
もうそろそろ国道18号も峠越えでは路面凍結する時期になってきましたから、11月中にはもう一度くらい行っておきたいです。
こんなにサル多かったかな~と思うくらい繁殖してますよ。

投稿: take | 2008年10月26日 (日) 12時49分

>瑞穂様
茶釜は文化むらで動態保存されてますし、1号機も静態ですが残ってますよ。
新幹線によって軽井沢はぐんと身近になり、混雑も半端じゃなくなりましたね。
経済効果は有効でしょうけど、落ち着きがなくなった感じもするのがやや残念です。

投稿: take | 2008年10月26日 (日) 12時56分

>かがやき388号様
峠の釜飯は今横川駅前のドライブインで飛ぶように売れていて軽井沢駅でも早々に売り切れてしまうほどの人気ですね。横軽廃止によってますます販売量を伸ばしているんじゃないでしょうか。
リンクありがとうございます。こちらも早速リンク加えさせていただきました。

投稿: take | 2008年10月26日 (日) 12時58分

>MITTO様
ながらでお越しになられたんですか。やはり最期の頃は中京圏や近畿圏から見える方も多かったようですね。
残念ながら私も当時兵庫県に住んでいたのでとうとうスケジュールが合いませんでした。
下り(といっても坂は登りですが)の62+63・63のプッシュプルは壮観でしたね。
URLお持ちでしたら教えていただけると幸甚です。

投稿: take | 2008年10月26日 (日) 13時02分

>舞様
あら、そっちに食いついちゃったんですね。
さすがに食欲の秋ですか。
ガチョウの卵でプリンですか?一度食べてみたいです。

投稿: take | 2008年10月26日 (日) 13時04分

峠の釜飯・・・初めて見ました。実は、我が家にも約1名・・峠の釜飯を食べて碓氷峠を越えたヒトがいるのですが、教えてくれなくて・・こちらで拝見できてよかったです・・。(^^)
EF63の特殊装備を見ると、その土地を知らない私にも碓氷峠の急勾配の様子がわかるようです・・。重連で走る姿に力強さと頼もしさを感じました。タイムスリップして、現役の頃を見てみたい・・そんな気持ちです。
碓氷鉄道文化むらにも行ってみたいです・・。

投稿: sara | 2008年10月26日 (日) 14時42分

>sara様
新幹線のスピード化にとって風が大敵だったように、信越本線は急坂との闘いの歴史だったんです。本州を横断する上では中央の山地をどうしても越えなければならないですから、ここ碓氷峠はアプト式に始まり反対側二本木ではスイッチバックで登りという難所を抱えていました。
釜飯の中に杏が入っているのですが、これがまた味を引き立ててくれるんですよ。
約1名はご主人様ですか。

投稿: take | 2008年10月26日 (日) 16時55分

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